【鑑賞レポ】リアム・スカーレット版『白鳥の湖』(英国ロイヤル・オペラ・ハウス2017/18シネマシーズン)

2018年8月、英国ロイヤル・オペラ・ハウス2017/18シネマシーズンを締めくくる『白鳥の湖』が上映されました。

英国ロイヤル・バレエでは長らくアンソニー・ダウエル版が上演されてきましたが、新進気鋭の振付家リアム・スカーレットによる31年ぶりのニュー・プロダクションはどうだったのか、感想を記したいと思います。

リアム・スカーレット版『白鳥の湖』(英国ロイヤル・オペラ・ハウス2017/18シネマシーズン)の感想

英国ロイヤル・バレエでは長らくアンソニー・ダウエル版『白鳥の湖』が上演されてきました。

ケビン・オヘア芸術監督は「31年前に創られたものも素晴らしかった。ただ、時代は移り変わる。新世代のダンサーや観客の為に新たな演出を提供できればと思った」と、31年ぶりに新制作した意図を語ります。(引用元:https://spice.eplus.jp/articles/204318)

野心的すぎる作品は受け入れがたいことが多いのですが、スカーレット版『白鳥の湖』は伝統への敬意を払いつつ、今までとは異なる印象の作品に仕上げられていたように感じました。

世界最高峰のバレエ団に、しかも長らく愛されていた作品の改訂版を制作するプレッシャーは並大抵のことであろうはずもありません。

スカーレットさんは引き受けるのが怖かったと語っています。

そして、オファーに対しては「マクファーレン(美術・衣装)がやるなら僕はやる」と答えたそうです。

スカーレットさんがいかにジョン・マクファーレンさんのことを信頼しているのかがよく分かります。

制作過程においてたくさんのことを話し合ったといいます。

なかでも興味深かったのが、「過去の『白鳥の湖』で嫌だったことリスト」を作成したということをマクファーレンさんが語っていたことです。

どんなことがリストアップされたのでしょうか?

何をどのように変更したのでしょうか?

そんなことに思いを馳せながら舞台を観るのも楽しいかも知れないですね。(´▽`)

このような二人のコラボレーションによる創意が実を結び、新たな伝説となる作品に仕上がったのだと感じました。

オデットがロットバルトによって白鳥に変身させられるプロローグに続く第1幕の舞台は宮殿の前庭のようで、異様なまでに大きく屹立する門構えが印象的でした。

士官服姿の男性が多数登場しますが、タイツであることを除けば、おとぎ話の世界から想像する衣装よりも現実的な印象を受ける衣装でした。

この門構えと士官服がマクファーレンさんによる美術・衣装に対する最初の印象です。

『白鳥』といえば、道化の存在も重要ですが、スカーレット版『白鳥の湖』には登場しません。

その代わりということなのか、ジークフリート王子の友人「ベンノ」を登場させ、重要な役回りを与えているようです。

超絶技巧を連発するトリッキーな存在というよりは、ジークフリート王子の内面を一層浮かび上がらせる存在のように感じました。

今回の上演ではプリンシパルのアレクサンダー・キャンベルがベンノを演じ、花嫁選びや王位継承に不安を抱くジークフリート王子を絶えず気にかけている様子が印象的でした。

また、ロットバルトは悪魔であり、また、女王の側近という設定となっており、ジークフリート王子の内面をより立体的に描くことに成功しているように感じます。

このロットバルトをベネット・ガートサイドが不気味な存在として好演し、本来ならば華やかな王子の誕生日前日の祝祭的雰囲気に陰影を与えているかのようでした。

対照的な存在として新たな役であるジークフリート王子の妹も二人登場します。

ベンノとパ・ド・トロワを披露し作品に花を添えます。

この妹には、プリンシパルの高田 茜とフランチェスカ・ヘイワードがキャスティングされていました。

なんとも贅沢なキャスティングですが、このパ・ド・トロワは前半の大きな見せ場の一つでした。

いつか高田さんが全幕で踊る姿を拝見したいと思っておりましたが、念願かなったその踊りは、予想をはるかに上回る表現力と身のこなしで、嬉しい驚きを覚えました。

美しい脚・足の運び、大きく優雅なアームスの動き、エネルギッシュな身のこなしが印象に残りました。

スター・ダンサーの中にあってもまるで埋没することがないどころか、思わず視線を奪われるほどの輝きを感じました!

ジークフリート王子が内面の苦しみを表現するヴァリエーションでは、第1幕の宮殿から第2幕の湖畔への舞台転換が重要です。

この舞台転換は、上演前のオヘア芸術監督に対するインタビューで「とても力を入れた場面で裏方がよく頑張ってくれた」という内容のコメントをされていました。

残念ながら、そのコメントの意味を映像から理解することはできませんでした。

舞台転換の最中、ワディム・ムンタギロフ演じるジークフリート王子のヴァリエーションでは、ほとんどムンタギロフさんをアップで映し出し、転換の様子を見ることができなかったからです。

カメラワークに左右されるシネマならではの残念なところの代表例です。

しかし、不思議なことにネガティブな感情よりも、次は生の舞台を鑑賞して確認しようと思う、ポジティブな感情が出てきました。

(生の舞台を鑑賞できる機会は限りなく低いのですが…)

第3幕の舞踏会場では舞台美術の荘厳で重厚な美しさに驚きを禁じ得ません。

女王が座る玉座は黄金色で装飾した荘厳な壁面を後ろに控え、見る者を圧倒しました。

この舞台美術からも真実味のある印象を受けました。

舞踏会ではお妃候補が登場しますが、スペイン、ハンガリー、イタリア、ポーランドの踊りは4人のお妃候補が踊りました。

ここは私が『白鳥』に対して持つイメージと異なる演出でした。

他の版の『白鳥』から受けるおとぎ話の世界のような印象とは異なり、踊りと衣装がそれぞれの国の持つイメージをよく表現していると感じたからです。

主役であるオデット/オディールにはマリアネラ・ヌニュスが、ジークフリート王子にはワディム・ムンタギロフが配されました。

「32回転グラン・フェッテ」などに代表される最大の見せ場での超絶技巧の応酬は、圧巻というよりほかありません。

また、ヌニュスさんのオデットとオディールの演じ分けも素晴らしく、案内役のダーシー・バッセルは興奮しながら「パーフェクト!」と絶賛していました。

ムンタギロフさんのテクニックはもちろん表現も真実性に富み、ジークフリートの苦しみや歓びなどの感情に身悶えしているようでした。

白鳥たちの衣装は、オヘア芸術監督の意向により「チュチュ」に戻り、素晴らしい群舞を披露していました。

この意味が理解できなかったのですが、後で調べてみると、ダウエル版『白鳥の湖』において白鳥の衣装は「チュチュ」ではなく丈の長い衣装でした!

参考に2013年来日公演のPVをご覧ください。

英国ロイヤル・バレエ団2013年日本公演「白鳥の湖」PV

英国ロイヤル・バレエ団2013年日本公演「白鳥の湖」PV

(YouTube / NBS/日本舞台芸術振興会公式チャンネル)

スカーレット版で「チュチュ」を取り戻した白鳥たちの群舞は、舞台美術、衣装、照明とあいまって白鳥たちの悲しみが一層増し、見ている者の胸を締め付けました。

エンディングは、いろいろなところですでにネタバレしているように悲劇ですが、是非、ご自身で確認していただきたいと思います。

鑑賞後、約1週間が過ぎ、記憶が薄れてきてはいますが、鑑賞直後から持っている印象は、従来の『白鳥』から受けるものとは異なるものでした。

従来は、白鳥の群舞や見どころ満載の多様な踊りを純粋に楽しむことができる演目だという印象を持っていましたが、スカーレット版の感想は、ジークフリート王子の内面の苦悩を浮き彫りにしていることが前面に出てきている印象です。

そう思うのは、スカーレットさん自身が語っているように「おとぎ話の世界が真実味を持つように、登場人物をリアルに描くことに徹した」ことが影響しているのだと思います。(引用元:https://spice.eplus.jp/articles/204318)

冒頭に記載した通り、道化に代わり王子の友人ベンノを配し、絶えず、王子の気持ちに寄り添う演出、そして衣装や美術から受けるおとぎ話的な印象よりも現実的な印象であったことは、まさにスカーレットさんの意図が適切に表現されていたことの現れのように感じました。

リアム・スカーレット版『白鳥の湖』は、筆者が『白鳥の湖』に期待する「おとぎ話の世界での多様な踊り」の舞台ではありませんでした。

しかし、ジークフリート王子の内面をリアルに感じさせるには非常に強力な演出であり、新たな『白鳥の湖』として称賛できるものだと感じます。

一度だけの鑑賞では消化不良です。

何度も鑑賞し、ジークフリート王子の内面に対する解釈を中心に理解を深めたくなる舞台(シネマ)鑑賞でした。

シネマシーズンでバレエを鑑賞するということ

スカーレット版『白鳥の湖』の鑑賞がシネマシーズンによる初めてのバレエ鑑賞でした。

当初は、映画館での上映では臨場感がないだろうという固定観念があり、バレエは生の舞台で観るべきだと考えておりました。

しかし、案内役2名を登場させ、開幕前、休憩時間中にキーパーソンのインタビューなどを用意することにより、生の舞台とは異なる楽しみ方ができました。

芸術監督、振付家、美術家らによるコメントは作品に対する理解を深め、より関心を持って鑑賞することができました。

案内役の一人であるダーシー・バッセルの起用は大当たりでした!

英国ロイヤル・バレエの元プリンシパルであることからロイヤルのことを熟知し、多くの有益なコメントを提供してくれました。

そして、バッセルさんの性格だと思いますが、休憩時間中に興奮した様子で話す姿がより臨場感を増し、最高のナビゲーターと一緒にバレエを鑑賞しているかのような贅沢な錯覚に陥ります。

この感想は、あらためてまとめてみたいと思います。

アンコール上映(英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマシーズン2017/18)

スカーレット版『白鳥の湖』の上映は終了していますが、アンコール上映が決まっています。

◆ 期間 : 2018年9月14日(金)~9月19日(水)

◆ 会場 : TOHOシネマズ日比谷/TOHOシネマズ日本橋

◆ 時間 : 上映時間は劇場によって異なります。(詳細未定)

◆ 演目 : 「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2017/18」で上演された全6演目

9/14(金)『バーンスタイン・センテナリー』
9/15(土)『くるみ割り人形』
9/16(日)『不思議の国のアリス』
9/17(月・祝)『白鳥の湖』
9/18(火)『マノン』
9/19(水)『冬物語』

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英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマシーズン2018/19

来シーズンのラインナップもすでに発表されています。

『うたかたの恋』
『ラ・バヤデール』
『くるみ割り人形』
『ドン・キホーテ』
『ロミオとジュリエット』
『ウィズ・イン・ザ・ゴールデン・アワー / シディ・ラルビ・シェルカウイ新作 / フライト・パターン』

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