ミハイロフスキー劇場バレエ(旧レニングラード国立バレエ)ナチョ・ドゥアト版『眠りの森の美女』の魅力について

ミハイロフスキー劇場バレエ(旧レニングラード国立バレエ)は、2019年11月21日(木)から24日(日)、東京文化会館にて日本公演を行い、ワイノーネン原典版に基づくメッセレル版『パリの炎』とドゥアト版『眠りの森の美女』を日本初演します。
11月23日(土)・24日(日)に上演されるドゥアト版『眠りの森の美女』は、コンテンポラリー・ダンスの振付家として名高いナチョ・ドゥアトが古典の名作を改訂振付したということもあり、期待と不安が交錯しているのではないでしょうか。
今回は、9月に都内で開催された東洋大学 海野 敏 教授による「ミハイロフスキー劇場バレエ」来日公演をもっと楽しむための特別講座「ナチョ・ドゥアト版 『眠りの森の美女』の魅力 -伝統と革新-」のレポートを通して、その魅力をお伝えしたいと思います。

【11/7追記】キャスト変更
<11月23日17時公演> イリーナ・ペレン → アナスタシア・ソボレワ
<11月24日16時公演> イワン・ザイツェフ → エルネスト・ラティポフ

《レポート》
「ミハイロフスキー劇場バレエ」来日公演をもっと楽しむための特別講座
「ナチョ・ドゥアト版 『眠りの森の美女』の魅力 -伝統と革新-」

9月下旬、東洋大学教授舞踊評論家の海野 敏先生が講師を務める「ミハイロフスキー劇場バレエ」来日公演をもっと楽しむための特別講座「ナチョ・ドゥアト版 『眠りの森の美女』の魅力 -伝統と革新-」が開催され、ドゥアト版『眠りの森の美女』の魅力について解説されました。
この講座では、古典バレエの頂点といわれる作品『眠りの森の美女』を「コンテンポラリー・ダンスの振付家であるナチョ・ドゥアトが振り付けるとどのような作品になるのか」という誰もが疑問に抱いているであろうテーマについて語られており、公演の鑑賞を控え、とても有益なものだと思います。

冒頭にも触れたように、コンテンポラリー・ダンスの振付家であるナチョ・ドゥアトが古典バレエの傑作を振り付けたことは、バレエ・ファンにとって大きな関心事であり、また同時に、心配事でもあるかと思いますが、海野先生はコンテンポラリー・ダンス・ファンにもバレエ・ファンにも楽しめる作品になっていると語っています。

ナチョ・ドゥアトの経歴と作品

まず、ナチョ・ドゥアトの経歴と作品について解説がありました。
ナチョ・ドゥアトは1957年にスペインのバレンシアに生まれ、英国ランベール・スクール、白ムードラ、米国アルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンス・センターで学びました。

1980年にマッツ・エックが芸術監督を務めるスウェーデンのクルベリ・バレエ団に入団し、イリ・キリアン芸術監督率いる1981年にはオランダ・ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)に入団します。
海外を転々とした後、1990年には母国スペインに戻り、後にスペイン国立ダンス・カンパニーと改称するスペイン国立リリコ・バレエの芸術監督に就任しました。
2011年にミハイロフスキー劇場バレエの芸術監督に就任し、2014年にはマラーホフの後任としてベルリン国立バレエの芸術監督に就任し、2019年にはミハイロフスキー劇場バレエの芸術監督に復帰しています。

同年代の振付家には、デヴィッド・ビントレー(1957年)、マーティン・シュレッパー(1959年)、マシュー・ボーン(1960年)、ジャン=クリストフ・マイヨー(1960年)といった現代を代表する振付家が多数います。
ナチョ・ドゥアトは、師匠であるマッツ・エック、イリ・キリアン、モーリス・ベジャールらから影響を受けていますが、なかでもキリアンからは強い影響を受けているといいます。

古典バレエの改訂振付では『ロミオとジュリエット』に続き、『眠りの森の美女』を手がけました。
その後、『くるみ割り人形』を改訂し、『ラ・バヤデール』を2019年10月4日に初演したばかりです。

日本のバレエ団もドゥアト作品を上演しており、代表的なものでは、牧阿佐美バレヱ団による『カミング・トゥギャザー』(1989年)、スターダンサーズ・バレエ団による『ナ・フローレスタ』(2001年)、新国立劇場バレエ団による『ドゥエンデ』(2002年)などがあります。

ドゥアト版『眠りの森の美女』の魅力

海野先生は、ドゥアト版『眠りの森の美女』の魅力について「特徴的なポーズと動き」「プティパ振付を踏まえた改訂」を中心に解説されました。

【特徴的なポーズと動き】
ドゥアトの振付の面白さを特徴づけるのが、ドゥアト特有のポーズと動きであると指摘しています。
・流れる動きと波打つ動き
・個性的なアームスの造型(手首をフレックス、腕を交差、指を伸ばす、左右対称のポーズなど)
回転技を行う場合、通常、古典作品では右回転か左回転のいずれか一方のみ行うことが多いかと思いますが、ドゥアトの振付では右回転と左回転の両方を行うことが特徴的であり、見ていて面白いと語ります。
現在、筆者が指導を受けているクラシックバレエの先生は、左右の回転を組み合わせたアンシェンヌマンをすることがあるため、これは踊っていて妙に気分が良いことを実感として理解できます。
言われてみると、古典作品で左右両方の回転をすることが少ないことに疑問を持つとともに、ドゥアトの振付の気持ち良さも理解できます。
またダンサーの身体の向きは、客席に対して、あえて真正面、真横、背中を向けるというのもドゥアトの特徴とのことでした。
その他、当然ながら、オフバランス、フロアワーク、フレックスなど、コンテンポラリー・ダンスの語彙を使用していますが、師匠であるエック、キリアン、ベジャールらの影響を強く見て取れるそうです。

【プティパ振付を踏まえた改訂】
ドゥアト版『眠りの森の美女』は、プティパの振付を踏まえた改訂となっており、台本と音楽はそのまま使用しています。
プティパの振付を引用しつつもドゥアトらしいポーズと動きで全面的に改訂しているそうです。
さらに、バレエの細かな動きを追加しており、原典版よりも振付の密度が濃くなっているそうです。
そのために「動きが多過ぎる、せわしない」という意見があることも事実のようですが、海野先生は「むしろ豊かさや深さを感じる」と仰っていました。
先に説明のあった「特徴的なポーズと動き」の解説をうかがうと、やはり古典の名作だけにコンテンポラリー・ダンスとして全面的に改訂されていたらどうしよう、と不安に思っていましたが、説明を聞いて安堵しました。
日本公演公式サイトでは、初演時にオーロラ姫を演じたイリーナ・ペレンのインタビューが追加されており、ペレンはドゥアト版『眠りの森の美女』について「ナチョは古典バレエの振付に敬意を払いつつ、彼ならではの新鮮さを加味していきました。明朗で、クリアで、弾むような空気が全編にみなぎっています。」とコメントしています。
思っているよりはコンテンポラリー的な要素が主張し過ぎることはなく、古典ファンにとっても自然に受け入れられそうな印象ですね。
下の方で予告編映像なども紹介します。
ドゥアト版『眠りの森の美女』の一端を垣間見ることができますので、確認してみてください。

【その他】
日本公演では、全公演にカラボス役としてファルフ・ルジマトフが出演する予定です。
この存在感が重要なカラボス役を年齢を重ねて存在感、オーラ、迫力が増しているルジマトフが演じることについても海野先生は興奮気味に話されました。
また、ドゥアトがミハイロフスキー劇場バレエの芸術監督に就任した頃に制作されたドキュメンタリーの紹介もありましたが、ドゥアトはこんなに素晴らしい作品を作っておきながら、「(眠りの森の美女を)作る気なかった」と独白していることを指摘されています。
海野先生はこの状況を踏まえ、「人は求められて傑作を作る」と名言を残されました。
ドゥアト本人は乗り気ではなかったのかもしれませんが、
その後に就任したベルリン国立バレエでも上演されており、結果として素晴らしい作品が誕生しています。
また、衣装にもさまざまな工夫が施され、鮮やかな色彩やカラボスの手下はコックローチ(ゴキブリ)をモチーフにしていることなども紹介されました。
衣装についてはファッションショーも開催されており、ミハイロフスキー劇場から映像が公開されていますので下の方で紹介します。

講座の最後に

最近では、YouTubeやDVDなどの映像でもバレエを楽しめるようになりましたが、海野先生は「劇場に足を運んでダンサーが目の前で踊るのを見なければ本当の感動は味わえない」と熱く語りました。
また、「男性にもバレエを観に来て欲しい、日本はカップルでバレエを鑑賞するということが根付いておらず、女性はパートナーを誘って行って欲しい、劇場がカップルで、また、若い人からお年寄りまで楽しめる空間になるのが願いである」と講座を締めくくりました。

Спящая красавица / The Sleeping Beauty
(YouTube / Михайловский театр 公式チャンネル)

Спящая красавица / The Sleeping Beauty

聴講した感想と追加情報

感想

ナチョ・ドゥアト振付ということは、コンテンポラリー・ダンス作品となり、誰もが知る古典の名作『眠りの森の美女』とは、かなりかけ離れた作品になっているのではないか、という危惧がありました。
しかし、海野先生の解説を聞き、そうではなく、プティパによる原典版を尊重した改訂版であり、そこにドゥアトらしさも付け加えられ、クラシック・バレエ・ファンにとってもコンテンポラリー・ダンス・ファンにとっても楽しめる作品であることが分かり、安心することができました。
安心した半面、ナチョ・ドゥアトの「(眠りの森の美女を)作る気はなかった」という言葉の意味に対する疑問と原典版を尊重した改訂に本当は満足していないのではないかという疑問も湧いてきて、ドゥアト版『眠りの森の美女』という作品そのものに加えて、誕生した背景にも興味が湧いてきました。

ドキュメンタリー

海野先生が触れていたナチョ・ドゥアトのドキュメンタリーについて調べたところ、『DISPORTRAIT(原題)』という作品で、日本では「ナチョ・ドゥアト『スペインからロシア、そして』」というタイトルでクラシカ・ジャパンで放送されているようです。
ドゥアト版『眠りの森の美女』が誕生した背景についてはこのドキュメンタリーの中で触れられているようです。
予告編映像が公開されていますので紹介します。
予告編だけを見る限り、ドゥアトの苦悩はとても深いように感じます。
しかし、先に紹介した公式サイトのイリーナ・ペレンのインタビューによれば、「「いま、ミハイロフスキー劇場バレエはとてもいい雰囲気です。ナチョ・ドゥアトが5年ぶりに芸術監督に復帰し、精力的に創作をしています。10月にはナチョ版『バヤデール』全幕を初演予定です。最近のレパートリーは古典バレエがメインでしたから、バレエ団に新作を提供する専属振付家の存在は、とても心強いことです」と語っていることから、現在は状況が好転しているのだと感じられます。

DISPORTRAIT – Trailer for a Documentary (5min)
(YouTube / SIXISLANDfilm 公式チャンネル)

DISPORTRAIT – Trailer for a Documentary (5min)

衣装

海野先生は衣装の魅力についても触れていましたが、ドゥアト版『眠りの森の美女』の衣装のファッションショーも開催されているようです。
その様子を収めた映像がミハイロフスキー劇場から公開されています。
魅力的な衣装をぜひご覧ください。

Костюмы из балета Спящая красавица / Costumes from the ballet The Sleeping Beauty
(YouTube / Михайловский театр 公式チャンネル)

Костюмы из балета Спящая красавица / Costumes from the ballet The Sleeping Beauty

「ミハイロフスキー劇場バレエ」来日公演概要

「ミハイロフスキー劇場バレエ」来日公演では、『パリの炎』『眠りの森の美女』の日本初演となる2演目を上演します。

『パリの炎』

■台本:ニコライ・ヴォルコフ Nikolay Volkov 、ウラジーミル・ドミトリエフ Vladimir Dmitriev
■作曲:ボリス・アサフィエフ Boris Asafiev
■振付:ワシリー・ワイノーネン Vasily Vaynonen
■改訂振付:ミハイル・メッセレル Mikhail Messerer
■初演:2013年7月22日
■予定上演時間:2時間00分
■日程・キャスト:
11月21日(木)15:30開演
ジャンヌ:アンジェリーナ・ヴォロンツォーワ Angelina Vorontsova(プリンシパル)
フィリップ:イワン・ザイツェフ Ivan Zaytsev(プリンシパル)
11月21日(木)19:30開演
ジャンヌ:オクサーナボンダレワ Oxana Bondareva(ゲスト・ソリスト)
フィリップ:ジュリアン・マッケイ Julian MacKay(ファースト・ソリスト)
・『パリの炎』全公演でイリーナ・ペレンはミレイユ役、ヴィクトル・レベデフはミストラル役で出演予定です。

『眠りの森の美女』

■台本:ナチョ・ドゥアト Nacho Duato (イワン・フセヴォロシスキー Ivan Vsevolozhsky とシャルル・ペロー Charles Perrault によるおとぎ話に基づく)
■作曲:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー Pyotr Ilyich Tchaikovsky
■振付:ナチョ・ドゥアト Nacho Duato
■初演:2011年12月16日
■予定上演時間:2時間30分
■日程・キャスト:
11月23日(土)17:00開演
オーロラ姫:イリーナ・ペレン Irina Perren(プリンシパル) → アナスタシア・ソボレワ Anastasia Soboleva(ファースト・ソリスト)
王子:ヴィクトル・レベデフ Victor Lebedev(プリンシパル)
11月24日(日)11:30開演
オーロラ姫:アナスタシア・ソボレワ Anastasia Soboleva(ファースト・ソリスト)
王子:ヴィクトル・レベデフ Victor Lebedev(プリンシパル)
11月24日(日)16:00開演
オーロラ姫:アンジェリーナ・ヴォロンツォーワ Angelina Vorontsova(プリンシパル)
王子:イワン・ザイツェフ Ivan Zaytsev(プリンシパル) → エルネスト・ラティポフ Ernest Latypov(ファースト・ソリスト)
・『眠りの森の美女』全公演にファルフ・ルジマトフ(ゲスト・ソリスト)がカラボス役で出演します。

公演の詳細やチケットのお申し込みは公式サイトをご確認ください。
→ ミハイロフスキー劇場バレエ 2019年日本公演

ミハイロフスキー劇場バレエ メッセレル『パリの炎』/ドゥアト『眠りの森の美女』2019年11月 話題の2作品を日本初演(東京文化会館)
ミハイロフスキー劇場バレエ(旧レニングラード国立バレエ)が、2019年11月に来日し、約4年ぶりの日本公演として『パリの炎』と『眠りの森の美...